沖縄のホテル「ホルトノキ ホテル&トロピカルガーデン」様とヨロコビtoギャラリーのコラボにより実現した「アーティストインレジデンス」も、今回で4回⽬を迎えました。
1〜3⽉までの間で約2か⽉間、1名の作家がホテルに滞在し制作を⾏い、その後1年間、ホテル併設のレストランにて作品を展⽰するという企画です。
今回は、滞在作家の真鍋由伽⼦さんと、作家を迎え⼊れてくださった「ホルトノキ」オーナー・滝本孝⼀さんにお話を伺いました。
前回に続き、今回は真鍋さんに普段の制作や表現について、また滞在中の作品についてお聞きした内容をご紹介いたします。
―普段の制作や表現⽅法について聞かせてください。
⽇本画や版画、⽴体など様々な表現⽅法を使い分けていらっしゃいますが。
私の⽗が⽇本画を描いていたこともあって、⾃然に⽇本画の道に進んだんです。その後、もう少しいろんな表現を探るようになって、版画や鋳造の技術、3Dなど、いろんなことに挑戦してきました。技法は様々ですが、表現したいもの⾃体はそんなには変わらないですね。
画材の使い分けとしては、「こういうものが⾒たい」というビジョンがまずあって、それを出⼒するときにプリンターを選ぶ、みたいな感覚で画材を選んでいます。⾃分の持っている技術の中でしか出⼒の⽅法は選べないと思うんですよね。喋るのが上⼿な⼈は⾔葉で表現できるし、絵でも⾳楽でも、いろんなエクスプレッションがある。その表現の出⼒⽅法がいっぱいあった⽅が、表現する時の難しさが軽減されると思うんです。そう思っていろんな技術を勉強してきました。
インタビューに答える真鍋さん
―描かれている情景やモチーフについて。題材を⾒つけるきっかけを教えてください。
ここ数年は絵を描く題材として⼈の頭の中で起こっていることに興味があって。⼈の頭の中で起こっていることって、その⼈がそれ以前に知覚したこと、⾒たこと・聞いたこと・感じたことがミックスされて⽣み出されるものなので、⾒た物が頭の中で⾃然に歪んで出てきていたり、何かが付け加わって出てきていたり、頭の中で変化しているっていうことが⾯⽩いなと思って。
でも他⼈の頭の中を覗くことができないので、⾃分⾃⾝の頭の中で起こっていることを描いたりしていたんですけど、ここ数年は⼈にインタビューして、その⼈が夜⾒ている夢を描かせてもらったりとか、その描いたものをその⼈の寝室に飾ってもらったりとか、なんかちょっと違うアプローチが⼊ってくるようになりました。
2022年制作「忙しいあの人の夢」
―⾃分の頭の中を絵にするのと全然違う感覚なのでは?
「どんな空想をしてるか」とか「どんな夢を⾒ているか」とかを教えてもらったとしても、そのイメージは⼀回その⼈の⾔葉に変換されてから私に⼊ってきて、そのイメージをもう⼀回私が持っている材料で作り直しているから、そこには誤差があるんです。結局は⾃分の頭の中を通さずには描けないんですけど、そこで私が勝⼿に解釈して変化してしまう事も、その歪みも⾯⽩いと思っていて。
その⼈の想像や夢を全くその通りに出⼒したいわけではなくて、間違えたり歪められたりしながら表現することも⾯⽩いと感じながら描いています。
▲滞在中に制作した作品 「on the table」
―滞在中に⽤いた画材について教えてください
ここに来るとき、⼀番迷ったのが画材でした。普段使っているものは、移動に向かない素材ばかりなんですよね。私には定まった素材がなくて、鋳造、⽇本画、版画、いろんな表現⽅法があります。その道具を全部持っていくのか、⼀つに絞るのか、もしくは鉛筆とiPadだけで軽装備にするのか…どういうセッティングで⾏くのがいいか悩みました。でも、事前に「こういう作品を作ろう」とは決めたくなかったので、⼀つずつのボリュームは抑えつつ、版画と日本画の最低限の装備をできる限り持ってきて作り始めました。
アナログのほうが価値が⾼いという考えが⾃分の中にも世間の中にもあって、その通りにやるのもなんだか癪だなと思って、iPadでもできないかな、と試しているところです。
(画像①)このプレス機は、私が⼤学の版画研究室を修了したときに、教授が3Dプリントで作ってくれたものなんです。普段は作品のサイズも大きいので、大きいプレス機の方が使い勝手がよく、なかなか使う機会はなかったのですが、今回滞在制作で、持ち運びながら版画を刷るのにちょうど良いなと思い、持ってきて使っています。
(画像②)これは⽇本画の画材で、岩絵具です。これ⾃体はただの砂みたいなものなので、本来⽇本画の描き⽅では、膠(獣類の⾻・⽪・腱などを⽔で煮て固めたゼラチンを主成分とした接着剤)で顔料を練って、それを画⾯に定着させるんです。今回は旅⾏仕様にできるだけ簡易的にしているので、⼈⼯的な糊のようなメディウムというものを使っています。
(画像①) プレス機
(画像②) 岩絵具
―滞在中に制作した作品についてお話をお聞かせください。
(画像③)この作品は、散歩をしているときに⾒つけた⾚⽡の空き家がきっかけなんです。窓も割れていて、⼈が住んでいないのは明らかなんですけど、⼈⼯物が⾃然の中にぐっと⾷い込んでいる感じに違和感を覚えました。でも同時に、⾃然がもう⼀度その家を侵⾷し返しているようにも⾒えて。家がポカンと空洞のように存在していて、その周りの緑の密度や植物の細かさとの対⽐がすごく鮮やかだったんです。
屋根などは見たままをスケッチして資料に使いましたが、他の部分は自分の感覚に忠実に描いています。見た光景をそのまま描くのではなく、「空洞だ」という印象を写実的に描いたイメージですね。普段はスケッチや写真など何も見ずに描くことの方が多いです。
(画像③) 滞在中に制作した作品「赤瓦」
―(画像③)この作品も一つの画面での「疎」「密」の描き分けが印象的ですが、意識していることは?
たとえばすごく綺麗な⾊があったとしても、うるさい背景の中に置かれると印象が薄れてしまいますよね。無地の部分があるからこそ、その⾊や線の表現がドキッとするくらい鮮やかに⾒える時があって。そう⾒えたから、そのまま描いたという感覚も⼤きいです。
この辺は観光地の中心ではなくて民家も多く、細い道に入っていくと人が住んでいない古い民家があったりするんですよね。家を飲み込もうとしている密度のある自然と、人が住まなくなった家の中の空洞…その「疎」と「密」の対比がすごくビビットに思えたりして、そういう感覚に反応しながら描いているかなとは思います。
(画像④)この作品も⾚⽡の家で、⾃然の中にある⼈の家の空洞の空間のようなものを描いています。実際にこういう建物があって、中には何もないんですけど、このあたりに⾃⽣しているオオタニワタリという植物を、かなり⼤きく描いています。昔から⼤⼩関係を狂わせて描きたいという欲求があって、⼩さいものほど⼤きく描きたい、みたいな(笑)。そういう操作は好きでやっています。
画材は岩絵具を使っていて、粒の粗さもいろいろあります。すごく粗いザラザラのものを使ったり、もう少し細かい粒⼦のものを使ったりしています。
(画像④)「空洞になった家」
(画像④)拡大画像
―この作品は線の描き方や形の表現が魅力的ですね。
(画像⑤)この作品は近くの具志堅ビーチを散歩していて出会った珊瑚を描きました。散歩をするときは、何かを目当てに探して歩くのでなく、あんまり何にも考えずに歩いて偶然見つかるのを大事にしています。元々こういうニョキっとした形が好きで、植物の枝分かれしている部分や人の指などをよく描くので、自然に目に留まったんだと思います。
この作品は銅版画に使うプレス機で刷った凹版の作品なのですが、今回は銅板の代わりにプラスチックの板をニードルで彫りました。普段は腐食液という薬品で線を溶かして彫るのですが、滞在中は薬品の廃棄が難しいので、旅行仕様にしました。
基本的には抑揚がない線・淡々と描かれた線が好きで、あんまり表情がないようにしたいなと思っています。薬品で線を彫る「腐食技法」は、すごく均一で表情のない線が作れるんですけど、ニードルで彫る「直接技法」は均一に彫ったつもりでも抑揚が出てしまうことがあるので、普段は直接技法は使わないんです。今回、環境に選ばされて使っているんですけど、それはそれでいろんな新しい線との出会いがありました。
(画像⑤)「珊瑚」
「Hand-and-Grains」
車を手に入れてからは瀬底島まで行って浜辺を歩いたんですけど、そこで見つけた石や貝を持って帰ってきて描いたり、その場で描いて海に返すこともありました。昔から海に行くと漂流物をチェックしていて、今回もビーチの端から端まで見て回りました。一回すごいことがあって、海亀が死んでいたんですよ。めっちゃ大きくて、魚か野生動物に手足を食べられていて、手足がないプルンとした状態でした。私が近づいたらマングースが食べていて、ピャーって逃げていきました。びっくりしました。なんかドキッとしましたね。
ここにくる前にオーストラリアにも行ってたんですけど、そこと沖縄とでは漂流物の種類が全然違くて面白かったです。オーストラリアは漂流物があまりなく、小さい貝くらいしかなくて。でも沖縄はいろんなものがごろごろあって、貝とかサンゴもあるし、ペットボトルなどの人工物もいろいろあって、その密度も全然違うなと思いました。
▲滞在中に制作した作品「Fragments」
―今回の滞在で⾒つけたものから着想を得た作品をZINEにまとめるそうですね。
はい。沖縄で散歩して見つけたものから空想してiPadで描いた作品を、まとめてZINEにしようと思って作っています。ストーリーがあるわけではないんですけど、言葉と絵が組み合わさって1ページになっているものが20ページくらいになる予定です。文章は、絵のタイトルにリンクするような形で書いています。先に言葉を決めて、あとからその言葉のイメージで絵を描くこともあります。
iPadは2年前くらいから使うようになったんですが、日本画だと使いたい色は買いに行かなきゃいけないですよね。でもiPadだと色が無料で好きなだけ使えて、あとで変えることもできる。そういうところが楽しいな、と思って。
今までも、旅先のことをまとめた小さい本を作ることはできそうだなって思っていたんです。でも画材は重すぎて持ち歩きに向かないし、場所にも制約があるので、なかなか実現できませんでした。でも今回の滞在制作で現実的に動き出せるな、と思い試しているところです。
▲ZINE画像抜粋 / (左)瀬底島のアンチ浜でみつけたシャコ⾙のような漂流物から着想を得た作品
(画像⑥)滞在中の時期には台風はあんまりないんですけど、台風の絵を描こうって思って。車で西側の海岸線をずっと南まで旅行していて、その途中で通った万座毛という有名な観光地に草原があって、その先に切り立った崖があり、そこから受けた印象で描きました。本当は北半球の台風は反対周りになるのですが、逆向きに描いてみました。
(画像⑥)
(画像⑦)美ら海⽔族館の近くを散歩していたときに、イルカショーをやってて、それを⾒て描きました。チケットを買わなくても外側から⾒えるんですよね。こういうトゥルンしたお腹を実際に⾒たんですけど、そこから想像して⽔の中の様⼦を描きました。
(画像⑧)これも沖ちゃん劇場のイルカショーを見た印象と、別の日に、近くの港を歩いていたときの体験を元に描きました。イルカの飼育場が近くにあって、夜に歩いていると何も見えないのにイルカの息継ぎの音がすごく聞こえるんですよ。人の声みたいな「フンーフンー」っていう音で、不思議な印象で。「可愛いイルカ」じゃなくて、少し奇妙な感じに描きたいなと思いました。
(画像⑦)
(画像⑧)
(画像⑨)これも実際にこういう場所はなくて、木は想像で描いたんですけど、この看板はほぼ見た通りに描いています。この看板が好きすぎて描いたんです。水牛の顔も、引っ張っている感じも良いし、形のいびつさとかも全部天才的に良いな、超良い絵だなって思って(笑)。こういう絵って描こうと思っても描けないんですよね。看板に書いてある言葉も良いんですよ。
(画像⑩)この絵は「画像⑨」と繋がっているんですけど、水牛車を引いている水牛を想像して描きました。水牛が車を引きながら哲学的なことを考えている、という設定です。最近、水牛を触ったんですけど、すごく知的で綺麗な目でジーって見てきて、いいなぁと思いました。道について考えているのかな、なんて想像しました。
(画像⑨)
(画像⑩)
―滞在制作は真鍋さんの制作にとってどのような経験になりましたか。
⾃分の制作は、今まで場所に縛られていたなと思いました。⽇本画や版画など、移動しづらい素材や技術を結構使っているんですけど、今回、それをどうにかして旅先でもできないかなと試⾏錯誤して、実験的なことに挑戦できたんです。それは、この先の⾃分の制作にもきっと糧になると思います。
海外に出かけることはあっても、今までは「私は⽇本画だし」と思って、なかなかやらなかったことがあるんです。でも今回「もしかしたらやれるんじゃないか」と考え始めただけでも、⾃分にとっても⼀歩前進したような気がしますね。
海の景色(金)
海の景色(青)
―沖縄の⾵⼟を描いたことは真鍋さんの制作にどのような影響がありましたか。
⾃分が何か変わったかどうかはまだ分からないところもありますが、空想したものを主題にするとき、その空想の素材になっている現実が元になっているんです。だから、同じ⽣活をしていると、どうしても同じような絵が⽣まれてしまう。
でも、沖縄で⾒ている景⾊が変わったことで、⾃然と私の空想も変わってきて、滞在を経て⽣まれてくるものは東京で描いているときのものとは確実に違うな、と思っています。
▶︎Vol.3 (滝本孝一さんインタビュー)に続く
次回は、ホテル「ホルトノキ」オーナーの滝本孝一さんのインタビューをご紹介します。Vol.3もお楽しみに!
真鍋由伽子 Yukako Manabe
1994 東京生まれ
2018 東京藝術大学美術学部 日本画専攻 卒業
2022 東京藝術大学美術学部 油画専攻版画第一研究室 修了
https://www.yorocobito.com/?mode=grp&gid=2979025&sort=n
投稿日:
沖縄のホテル「ホルトノキ ホテル&トロピカルガーデン」様とヨロコビtoギャラリーのコラボにより実現した「アーティストインレジデンス」も、今回で4回⽬を迎えました。
1〜3⽉までの間で約2か⽉間、1名の作家がホテルに滞在し制作を⾏い、その後1年間、ホテル併設のレストランにて作品を展⽰するという企画です。
今回は、滞在作家の真鍋由伽⼦さんと、作家を迎え⼊れてくださった「ホルトノキ」オーナー・滝本孝⼀さんにお話を伺いました。
その第⼀弾として、真鍋さんのインタビューをご紹介いたします。
―アーティストインレジデンスに参加した理由や期待していることを教えてください。
アーティストインレジデンスは今回が初めてなんですけど、これまでも海外に⾏って制作する機会があって、そこで偶然出会ったものや拾ったものに影響を受けて、⾃分の作品が変わるという経験をしてきました。そういう「偶然性」を得る機会は⼤事にしたいと思い、今回参加させていただきました。今回の滞在も直接的ではないにしても作品への影響はあると思っています。
私は普段から⽇常の中から発想を得ることが多いんですけど、⾒たものをそのまま描くというよりは、それにより引き起こされる⼼の状態のようなものを描こうとしているんです。⾒たものをダイレクトにモチーフにすることはあまりなくて、そこから⽣まれた「空想」や「感じたもの」が絵になっている感じですね。
同じ場所で⽣活していると同じ状態が引き起こされるんですけど、場所を変えると⼼の状態も変わる。そうやって感じ⽅や考えることが変わることで、結果的に違う作品が⽣まれてくるんだと思います。
インタビューに答える真鍋さん
―ホルトノキでの⽣活について教えてください。
滞在初⽇からオーナーの滝本さんと奥様の紀⼦さんがフレンドリーに接してくださって、リラックスして過ごせています。晴れている⽇は⾞で⾊々な所に⾏って歩き回りながら資料を集めたり、天気が悪い⽇は家の中で制作をしたりして過ごしています。全然計画性はなくて、その⽇起きて「今⽇は絵を描こうかな」とか「今⽇は⼀⽇遊びに⾏こうかな」という感じです。
7~8時間くらい絵を描く⽇もありますね。絵はホルトノキの⾃分の部屋で描くこともありますし、広くて描きやすいのでホルトノキのレストランで描くことも多いです。レストランでは⽔彩や鉛筆、ペン、iPadを使っていて、何かを⾒て描くというよりは、⾊を混ぜて塗ってみたり、ドローイングをしたりすることが多いです。普段から⾃宅の作業部屋で描くのはあまり好きじゃなくて、毎⽇場所を変えちゃいますね。画材を持って外で描くことも好きです。沖縄でもホテルの庭とか、外に出てカフェで描いたり。飽きないように場所を変えるのが好きですね。
レストランで朝食を楽しむ真鍋さん
真鍋さんが滞在中に制作した作品
最初の1週間くらいは⾞がなくて、かなり遠くまで歩き回りました。⾞と徒歩とでは、⾒せられているものが変わる。⾞だと⾒逃すような細かいものが、歩くと⾒えてきたりするんですよね。あとは⽣⾝なのでちょっと怖いなと思う場所もあるし、敏感に物を⾒ていることが多くて、そういう時の⼼の状態が絵を作っていると思います。歩いているときに想像していたことが絵になっていることも多いです。
⼩さい頃から歩くときには違う道を選ぶようにしていて「何か違うものを得たい」という気持ちがあって。沖縄でもホテルの周りを半径10kmくらいは歩きました。細い道に⼊って、観光では⾏かないようなところに辿り着いて。⼈が住んでいない倒壊した家や、野⽣動物が死んでいる場所に出会ったりして、「⽣々しい沖縄」が⾒えました。そういうところを今回は描きたいなと思いました。
―沖縄で印象に残っている場所を教えてください。
⾞で1時間半くらいかけて⾏った、ヤンバルの北の⽅にある「奥港」が印象に残っています。辺戸岬の近くにある地元の⼩さな港なんですが、前回沖縄に来た時にここがすごく良いと思って、今回もまた⾏って釣りをしました。それから、ホルトノキのオーナーの滝本さんに教えていただいたヤンバルの森の中の「⻑尾橋」も⾏きました。⾃分⼀⼈で観光に来た時にはあんまり⾏かないようなところに⾊々⾏ってみたりもして、
沖縄の別の側⾯を⾒ることができました。
奥港
長尾橋
―普段の制作とホルトノキでの制作との違いは?
⼤学を出てからは、いつも何かしらの仕事に追われていて。依頼いただいた絵や締め切りのある絵って100%⾃由な絵ではないんですよね。
でもここでは、締め切りもなく、完成しなくてもいいし、100%⾃由に描ける。⾃分の成長につながらなくてもいい、ただ純粋に「⾃分の絵を描く」っていう時間が久しぶりだなと思いました。なんだか「何も考えずに描く」みたいなものを、久しぶりにやっている気がします。
⾃分の場合、ハードルが⾼いと⼿をつけられないことがあって。「依頼してくれた⼈に喜んでもらえる絵を描かなきゃ」という気持ちが⼼の中にあると、なかなか⼿をつけられなかったりするんですよね。でも、そういうことがない状態だと、絵って無限に描けるんだなって気付いて。クオリティはさておき描くことに詰まることがないんです。
―今回は地元の中学校でゲスト講師として授業をされましたが、いかがでしたか?
ガラスの瓶と⿊い布をデッサンする授業を担当しました。対象は中学1年⽣の3クラスで、作業をしている⽣徒に「こうやって描いたら良いよ」とか「こうやって形を⾒るんだよ」といった感じで、テクニックをアドバイスしました。
もともと美⼤受験予備校の講師をしていたので、デッサンを教えること⾃体は慣れていたんですけど、中学⽣のデッサンは初めてで。「あぁ、こうやって物を⾒るんだ」とか「こういう⾵に描くんだ」など新しい視点を知れたことが、すごく⾯⽩かったです。
反応がいい⼦は、「鉛筆を寝かせて持つとこういう質感が出るよ」と伝えるとその感覚をちゃん味わってくれたり、私のアドバイスを応⽤して別のところも直したりするんです。⼤⼈だとアドバイスしても全部を最初から直さないことも多いんですけど、⼦どもたちは「確かに!」と思うと⼀から潔く直せるんですよね。⼤⼈の⽅が上⼿に描けることは多いかもしれないけど、⼦どもには⼦どもならではの凄さがあって、それが新鮮でした。
今回の講師としての経験が、⾃分の制作に直接つながるかどうかはまだ分からないけど、どんなことでも「へえ!」と思うような新鮮な体験が⾃分の制作の糧になっているんですよね。そういう点で、とても良い経験になったと思います。
中学生にデッサンを教える真鍋さん
▲『琉球新聞』の掲載記事
▶︎Vol.2 (滞在中の作品編)に続く
次回は滞在中に制作された作品についてのインタビューをご紹介します。真鍋さんの制作にかける思いから、画材や技法などについても詳しくお聞きできました。お楽しみに!
真鍋由伽子 Yukako Manabe
1994 東京生まれ
2018 東京藝術大学美術学部 日本画専攻 卒業
2022 東京藝術大学美術学部 油画専攻版画第一研究室 修了
https://www.yorocobito.com/?mode=grp&gid=2979025&sort=n
投稿日:
沖縄のホテル「ホルトノキ ホテル&トロピカルガーデン」様とヨロコビtoギャラリーがコラボし実現した「アーティストインレジデンス」も今回で3回目になりました。1⽉から3⽉までの間で約2ヶ⽉間、1名の作家にホテルで滞在制作いただき、その後1年間ホテルのレストランにて作品を展⽰いただく企画です。
前回に続き、今回は作家を受け⼊れてくださったホテル「ホルトノキ」オーナーの滝本孝⼀様のインタビューを紹介します。
インタビューに答える滝本さん
-アーティストインレジデンスの企画が実現した経緯を教えてください。
ホルトノキは、私と妻が東京の仕事を退職し、第⼆の⼈生を過ごすためにつくったホテル、レストラン、ガーデン、農園による多目的施設です。私が勤務していた外資系ブランドコンサルティング会社は、早くからアーティストの支援活動に熱心で、私自身も障害者支援組織や学術研究組織へのプロボノ活動の企画や実施に関わってきました。このプログラムの背景にはその経験がありました。
もう一つのきっかけは、若い頃に大乗寺(兵庫県香美町)で見た円山応挙の荘重な襖絵の記憶です。京都から遠く離れた山陰のひなびた寺に 「なぜあの応挙の絵が。」 と驚くとともに、江戸時代から日本の作家が志のあるパトロンに支援されていたことに感銘を受けました。沖縄での事業を始めた今、若手作家をホルトノキに招き、南国沖縄の風土に触れてもらう機会をつくることは創作へのよい刺激となるかもしれないと考えました。
この企画を実現するにあたり、前職で一緒に仕事をしたことのあるヨロコビtoギャラリーの柏本さんが思い浮かびました。西荻窪でギャラリーを運営している彼が適任だと思い、協力を依頼したところ共感いただき、実現にこぎ着けました。今では新年が明けると、「今回の作家さんはどんな方だろう。」と楽しみな年中行事を待つような気分です。
-植田さんの印象と滞在中の様子をお聞かせください。
第1回は岐阜在住の女性作家、第2回は東京在住の男性作家、そして今回は奈良在住の女性作家を受け入れました。植田さんは活動的な方で、軽自動車を借りて沖縄本島を巡られていました。ホルトノキの宿泊客の皆さまとも積極的に交流され、一緒にお酒を飲んだりお話しされたりする機会もありました。看板犬ジュネの散歩を手伝っていただくことで、近隣の方とも自然に仲良くなられていたようです。沖縄で暮らすという体験を通じて、この地の風土が作家の作品にどう表現されるかを期待していますが、制作についてはそっと見守るだけで一切口出しはしていません。
-植田さんの作品をご覧いただいた感想は?
特に伊江島の作品が素晴らしいと思いました。ヒカゲヘゴやガジュマルなど、沖縄ならではの植物や風景が作品に取り入れられている点が印象的です。アーティストインレジデンスの醍醐味は、普段見られないものを見て、それを表現することにあると思います。私も沖縄に移住した身なので、モチーフに共感する部分が多いです。インターネットによって世界中の情報に簡単にアクセスできる時代になりましたが、五感を刺激する現地での身体的な経験は若い作家さんにとってかけがいのない記憶になると信じています。
-アーティストインレジデンスを経て植田さんに期待することは?
植田さんは才能のある方なので、今後の活躍が楽しみです。人生と同様に作風も変わっていくものとすると、今回の沖縄での経験が植田さんの作風にどのように影響するのか興味深いです。良い変化があることを期待しています。
-ヨロコビtoは人々の日常にとってアートがもっと身近な存在になれば、という思いで活動しています。⽇本で作家が活躍していくことについて、何か思うことはありますか?
生きるため、作家を続けるためにはどうしてもお金が必要です。まずはアートを手にする機会が増えることが大切ですが、アートが高額で手に入りにくい現状もあります。少し無理をすれば買える価格帯で多くの人がアートを購入する風土ができると良いと思いますし、徐々にそうなっていけばいいと思います。
投稿日:
沖縄のホテル「ホルトノキ ホテル&トロピカルガーデン」様とヨロコビtoギャラリーがコラボし実現した「アーティストインレジデンス」も3回⽬になりました。1⽉から3⽉までの間で約2ヶ⽉間、1名の作家にホテルで滞在制作いただき、その後1年間ホテルのレストランにて作品を展⽰いただく企画です。滞在制作いただいた作家の植⽥陽貴さんと、作家を受け⼊れてくださったホテル「ホルトノキ」オーナーの滝本孝⼀さんにお話を伺いました。
前回に続き、今回は植⽥さんに滞在中の作品についてお聞きした内容をご紹介いたします。
―滞在中に制作された作品について教えてください。
これは伊江島という美ら海側から⾒える島を描いたドローイングです。(画像❶)。
初めて見た時からすごい形の島だな、とずっと気になっていて、しつこく描きました。実際に伊江島の内部にも⾏きました。⾃転⾞を借りて島を回り、⾒えている三⾓の⼭のてっぺんにも登りました。引きで⾒ると三⾓の輪郭でしかないけど、実際に⾏ったら意外と広いし⼈も住んでいる。⼭が思ったより緑で、⽯の⼭だけど草もいっぱい⽣えている。実際に⾏ってみて引きで⾒た時の印象も変わりました。
▲(画像❶)伊江島を描いたドローイング
帰り際にフェリー乗り場の側の博物館に⼊って、そこで知った戦時中の歴史も印象的でした。この場所がそこまで占領されていたところなんだというので衝撃を受けました。普段も取材をしながら描いていますが、「知らないものは私は描けない」という思いです。知らないんだったら知らないものとして描きたいと思っています。
沖縄の海は遠浅で、途端に深くなる。それで⼿前と奥で2⾊に別れているんですよね。それを初めに聞いた時から印象的で、描きたいな、と思っていました。境⽬があるのが⾯⽩いな、と。

▲伊江島を描いたペインティング
(画像❷)この作品はヒカゲヘゴを描いた作品です。
⾊やフォルムをいまいち⾃分の絵に引っ張ってこられなくて何枚もドローイングを描きました。てっぺんにめっちゃ枝が出るんですが、その形を追おうとすると絵としてくどくなる。⾃分の絵にどう落とし込むか悩みました。沖縄の草は⻩⾊いので、⾃分の中で嘘がないように描くとなるとやっぱり⻩⾊くする⽅が嘘がないけど、絵にならない…。普段は寒⾊系の⾊を使うことが多いので。

▲(画像❷)ヒカゲヘゴを描いたペインティング
▲ヒカゲヘゴを描いたドローイング
⼀回本物を知っているかどうかは⼤きいと思うので、葉っぱがどうなっているかをドリームセンターという熱帯植物園でちゃんと⾒てきて、現場でスケッチもしてきました(画像❸)。沖縄は冬でも眩しくて、でも⻘空というよりは⽩く眩しい感じがあるので、そういう光も表現しようとしています。
画像❸ ドリームランドでのスケッチ
(画像❹)これはカヤックを描いた作品です。
カヤックに乗っている時点で「これを描こう」と決めていました。カヤックは元々好きなんです。⽔辺は「境界線」だと思っていて、沈んだら死んじゃう。そこに⼀⼈浮きながら境界にアクセスすることができる⼿段なので、船って存在として好きだな、と。カヤックのシリーズは「あわいに船」というタイトルをつけていて、「あわい」は「間(あいだ)」という意味です。普段から境界の「こっち側」と「あっち側」を意識して描いていて、その間を⾏き来できるものとして船のモチーフを使っていますね。沖縄ではマングローブの川で乗ったんですが、乗っている間に⼲潮になっていって、それだけ⽔位が変わるのが初めてでした。終わりには地⾯が⾒えるんじゃないかくらいの浅さで。それも⾯⽩かったです。画⾯に斜めのストロークを⼊れることで⽔が浅い感じと、川の流れを表現しました。
▲(画像❹)カヤックを描いた作品
―作品の中に登場する⼈物について教えてください。
作中に人物を描く意図としては、技術的な⾯では⼈物がいるとそこが視点となり鑑賞者が画⾯に⼊りやすいように、というのはあります。それ以外だと⼈は「⼈の形の何か」だと思って描いていて。気配を感じさせるための装置というか。⾃分が取材に⾏けるところは⼈間がいけるところでしかなくて、そこに住んでいる⼈や亡くなった⼈がいて歴史がある場所だと思うんですよ。だから画⾯にも何かしらの気配が出てきた⽅が良いかなと思うんです。描いているのは「誰」というよりは「誰か」。もしくは⼈間かどうかわからない霊的なもの、⾃分側ではないもの、他者、⽣きていない⼈、というイメージです。⼈物の⽬は最後に描くかどうかを決めているんですけど、⽬があった⽅が怖い絵ってあるじゃないですか。あまり明確に描き分けている訳じゃないですけど、不気味な絵ほど⽬があります。こっちを見ている⼈の⽅が話が通じない感じがしませんか?
―技法や画材について教えてください。
画材は油絵の具を使っていて、キャンバスサイズの作品になると筆として使っているのは刷⽑がほとんどです。ドローイングもストロークを出すところは刷⽑を使っています。刷⽑で描いてから抜いている部分もあります。この辺(画像❺)の光の表現も先に緑で潰してから絵の具とテレピン(無⾊透明で揮発性の溶き油)をタプタプにした筆で抜きながら描いています。絵の具を重ねずに描いている理由は「飽きるから」が⼀番⼤きくて。(笑) 油絵の具は薄く伸ばしても顔料が定着するので、それが好きなのもあります。伸びた感じの⾊が好きなんです。インディゴとかは伸ばすと⻘⾊が出てくるのも好き。あと筆致が出ているのも好きです。気持ち良いので。
▲(画像❺)
―ホルトノキでの制作の成果を教えてください。今後の制作へ影響はありますか?
これまでも⾊々なところで滞在制作をしましたが、沖縄は修学旅⾏以来です。沖縄の⾊は描くのが難しかったですね。でも苦労するのは楽しいんです。⼿グセじゃなくなると⾔うか。「こうやったら絵になる」と決めつけてしまいそうなところを毎回疑う。描けないものを描こうとするのはしんどいけど⾯⽩いです。ホルトノキでの経験が今すぐ作品に大きく影響するかはわからないですが、今後の制作活動の出汁にはなってくると思います。⼀回⾏った場所ってまた⾏けるような気がするんですよ。縁ができる。今回は滞在期間が⻑かったので特にその縁が強い気がして。「また来る気がするなぁ」と思っています。「親しい場所」が増えていくのは嬉しいです。
次回は、ホテル「ホルトノキ」オーナーの滝本孝一さんのインタビューをご紹介します。Vol.3もお楽しみに!
植田陽貴 Haruki Ueda
画家。
1987年生まれ。奈良県出身在住。
女子美術大学短期大学部専攻科修了。
「”境界”とそれを越えようとすること」を主題に絵画制作を続けている。
近年は自身がその場所に立った時の、風の強さや光の眩しさといった肌感覚を絵画表現に落とし込むことを試みている。
主な受賞歴にFACE2023 損保ジャパン日本興亜美術賞 優秀賞(2023)、
女子美 制作・研究奨励賞(2023)など。
https://www.yorocobito.com/?mode=grp&gid=2894192
投稿日:
沖縄のホテル「ホルトノキ ホテル&トロピカルガーデン」様とヨロコビtoギャラリーがコラボし実現した「アーティストインレジデンス」も今回で3回目になりました。1⽉から3⽉までの間で約2ヶ⽉間、1名の作家にホテルで滞在制作いただき、その後1年間ホテルのレストランにて作品を展⽰いただく企画です。
今回滞在制作いただいた作家の植⽥陽貴さんと、作家を受け⼊れてくださったホテル「ホルトノキ」オーナーの滝本孝⼀さんにお話を伺いました。第⼀弾として、今回は植⽥さんのインタビューをご紹介いたします。
インタビューに答える植田さん
―ホルトノキでの⽣活について教えてください。
滞在期間の前半は⾞を借りて沖縄をあちこち⾒て回りました。ホテルで飼われている⽝のジュネの散歩を頼まれることもあり、ジュネの進むがままに歩いていました。海が⾒える道の時もあるし、お友達の⽝がいるところまで⾏く時もあるし。美ら海までも歩いて⾏きました。あとはおおむね沖縄そばを⾷べていました。(笑)沖縄そばは⾃分でも調べたり、ホルトノキの滝本さんと奥さんの紀⼦さんに聞いたり、出会った⼈におすすめを聞いたりもしました。ホテルのお客さんとコミュニケーションを取る機会もありましたね。滝本さんの知⼈の⽅々が泊まりにいらしていた時に紹介していただいて、絵を描いている話をしたり沖縄そばを教えてもらったりしました。滝本さんと奥さんの紀⼦さんはフランクなんですが、絶妙な距離をとってくれる。めちゃくちゃ⼲渉はしてこないけど話しかけたら答えてくれる。優しいですね。押し付けがましくない優しさや居⼼地の良さがあります。

↑植⽥さん作「沖縄そばリサーチ」
―ホルトノキでの制作はいかがでしたか。制作する⽇の1⽇の流れは?
制作については、ドローイングだけは毎⽇描きながら暮らしていて、3⽉に⼊ってからペインティングに取り掛かりました。ペインティングを制作する⽇は朝9時か10時に起きて、天気予報を⾒て、お湯を沸かして飲んで、晴れていたら30分くらい歩いて具志堅ビーチまで⾏っていました。そこのコンビニでコーヒーとサンドイッチを買って、ビーチで朝ご飯を買ってぼんやりしてから帰ってくる、と⾔うのをルーティーンにしていました。帰ってからゆっくりして、ドローイングを描いたり本を読んだり。結果、ペインティングの制作は夜からになることが多いです。時間を決めて、と⾔うのではなく⽣活の延⻑で描いている感じですね。⾃然体でやっていました。
滞在中に描き溜めたドローイング
ブランチを食べた具志堅ビーチ
▶︎Vol.2 (滞在中の作品編)に続く
次回は滞在中に制作された作品についてのインタビューをご紹介します。植⽥さんの制作にかける思いから、画材や技法などについても詳しくお聞きできました。お楽しみに!
植田陽貴 Haruki Ueda
画家。
1987年生まれ。奈良県出身在住。
女子美術大学短期大学部専攻科修了。
「”境界”とそれを越えようとすること」を主題に絵画制作を続けている。
近年は自身がその場所に立った時の、風の強さや光の眩しさといった肌感覚を絵画表現に落とし込むことを試みている。
主な受賞歴にFACE2023 損保ジャパン日本興亜美術賞 優秀賞(2023)、
女子美 制作・研究奨励賞(2023)など。
https://www.yorocobito.com/?mode=grp&gid=2894192
投稿日:
スガミカ展『Play house』
2025年1月7日(火)〜1月26日(日)
平日11:30〜19:30 土日祝日11:00〜19:30
月曜休
※祝日の月曜日も休廊します。
【作家在廊予定】
※都合により在廊日時は変更になる場合がございます。
・1月 7日(火) 14:00-19:00
・1月11日(土) 12:00-19:00
・1月12日(日) 13:00-19:00
・1月18日(土) 13:00-19:00
・1月19日(日) 13:00-19:00
・1月24日(金) 13:00-19:00
・1月25日(土) 13:00-19:00
・1月26日(日) 13:00-19:00
「おしまいとはじまりは永遠に続いている気がする。生まれてくること、眠りにつくことすべてが愛しく、不可思議なことにクスッと笑ってみたり。そんな自分自身の“Play house”(小さな劇場)で幕を開け、もうひとりの自分と遊ぶことができれば、それはとても素敵なんじゃないかなと思う。」生まれてくる愛らしいもの。枯れて次へ向かうもの。それらは相反するようで地続きにあるという彼女の死生観のもと描き出されるのは、玩具や人形など「劇場」の役者たち。そのあどけなくもアイロニカルな微笑みが鑑賞者を射抜く。
作家プロフィール
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